津城復元チャリティーゴルフ開催!

平成28年8月2日(火)

伊勢中川カントリークラブ(059‐293‐1585)

プレー料金12000円

 

1Rセルフプレー・昼食・パーティ・参加費・チャリティ・利用税・消費税・ゴルフ振興基金

 

お問い合わせ 津城復元の会事務局

コンペ担当幹事 小林 貴虎  090-1751-5460


コラム「お城のはなし」その4

埋 門(うずみもん)

西田久光(復元の会会長) 

津城本丸には3つの門があった。通常家臣たちが使う西の丸からの西鉄門(くろがねもん)、

東の丸に通じる東鉄門。東の丸と二の丸を結ぶ通路は当初は藩主専用だったが、藩校有造館ができてからは、藩校に通う藩士にも通行が許された。この東西の鉄門は、その名のとおり扉や柱を鉄板で装甲した門で、津城自慢の、鉄壁をほこる枡形虎口の中核施設。

 さて、残る一つが南側の埋門である。この門は高虎公時代にはなく、2代高次公の時代に新設されている。『宗国史』の「累世記事」に、「津城埋門寛永十六年御願済出来」、『公室年譜略』の寛永十六年(1639)の条にも「今歳 勢津本城ノ南側ニ埋ミ門ヲ開カセラル尤 公庁ニ達シテナリ」とあり、高虎公没後9年を経て造られたことが分かる。

 この門は火災など災害発生時の避難口として設けられたようで、南多門櫓の下に設けた門を出て石段をおり、石垣の補強用に設けられたという犬走を使って本丸を脱出する仕組みである。緊急用だから当然普段は使用されず、閉ざされたままの不明門(あかずのもん)ということになるが、これが驚くほど頑強に造られている。

松島悠さんが発見した津城本丸の寛文大火後の図面『御城内御建物作事覚四』を見ると、

扉は幅4寸(約12㎝)、厚さ一分半位(5mm弱)の鉄板を張ってあり、これも鉄門である。本丸側には鉄で装甲した扉の前に、更に高さ約140㎝の竹製の格子戸を設けている。現存する石垣を見ても本丸側角部の石組は、きちんと成形された切込接(きりこみはぎ)の石材を使った見事な算木積で、堅牢ぶりを偲ばせている。

 津城では埋門新設23年後の寛文2年(1662)12月16日、折からの強い西風にあおられて本丸の建物が全焼、城下738戸が焼失するという、いわゆる『寛文の大火』があった。この時、不明(あかず)の埋門が開かれたかどうか?可能性はあるが、定かではない。    


募金活動のスケジュール

津城復元の会の主な活動の一つである街頭募金を一緒にやっていただける方を募集しています。ご都合のつく時間にご協力いただければありがたいです。

ご協力いただける方は、事務局 小菅(090-8869-7528)まで、ご連絡ください。

      

7月7日(木)「七夕まつり」17:00~21:00

7月12日(火)「セイ アロハ セイ アミーゴⅢ」

           津城復元草の根サポート・プチコンサート

        開演/13時半  終演/16時

 県文小ホールにて チケット500円

  7月16日(土)「松菱」13:00~15:00

  7月24日(日)「津・お城クリーン作戦」

7:20~9:00

8月6日(土)「松菱」13:00~15:00

8月9日(日)十日観音(津観音境内)18:00~21:00